社長の意見、その一。
確かに仕事に成功?して好きな車を買う。
これって男の(車好きな)夢だよね。
でも誰でもが1000万以上の車を買えるわけは無い。
というか1000人いてもせいぜい一人か二人くらいじゃないかと思う。
だから別に良いのよ、
なにか少しでも好きなタイプな車を買って、それをキレイに磨いて走る場所さえ選んでいけば
充分楽しい車生活が過ごせるはず。
私の場合、例えば箱根の温泉に行くとする。
行程は横浜から東名に乗って厚木で降りて、小田原厚木道路を終点まで行く。
途中、平塚のサービスエリアで必ず休憩する。
そこのショップのメロンパンが美味いから。
仮にモデナか430で行くとする、
着いたとたん周りの視線が集中する、車にはではなくどんな奴が乗ってるか品定めする意味でだ。
とにかく日本人は横並びが好きだ。昔は国も1億総中流なんてことも言っていた。
意味は中流だから我慢しろということだと思うが。
ところが今は違う、勝ち組、負け組みの時代だ。
時代がそれを強いている。というかアホなマスコミが煽っている。
でも勝ち組なんてそんなにいっぱい居る訳が無い。
仮にその勝ち組がフェラーリの最新型に乗っていたらその他大勢の負け組?はどう思う?
六本木ヒルズの周りなら、まあ金持ちの地元だからしょうがねえか、と思うだろう。
でもそれが平塚ならどうだ?(平塚市民の皆さんゴメン)
俺らの地元に偉そうな顔してくんな、このタコ、、、、
と、口で言わなくとも気持ちでは思うのではないか?
そう、何故かモデナとか430は日本では威張った顔に見える。
謙虚さが無い。日本人、特に地方に行けば行くほど謙虚さが大事になってくる。
すなわち、我々の本質は保守ということ。
私もかなりな厚顔だが、そんな視線を浴びながらトイレに行くのは楽しくは無い。
つまり車が浮くから人も浮いてしまうのだ。
でもイタリヤではそんなことは絶対にない。
理由は彼らは元々が階級社会の中で生きているから。
だからフェラーリは貴族みたいな人か、よほど社会で成功した人でないと持たない。
だからフェラーリが停まると、車も人も尊敬の目で見られる。
某、車のライターが 節約してフェラーリを買おうとか書いた本を見たが
欧米人に言ったら笑われるだろう。
あるいはフェラーリのメーカーの人間からすれば、俺たちはサラリーマンの為の車を作ってるんじゃねーぜ
と心の中では思うだろう。それが本質だ。
あの本の作者を昔から良く知っているが 彼は職業として書いているのだ。
マスコミに踊らされる前に自分の足元を見直せと言いたい。
つまりフェラーリを所有することは、それだけ重い意味を持つということだ。
私なら迷わずビンテージのほうを選ぶね。
そのほうが周りにも判りやすいでしょ。
事実、ディノで停まると車を知らないおばさんも寄ってくるぜ。
その2.集中力の話。
昨日はボーリングの試合で3ゲーム 614出した。
私的には毎回 600以上が目標なのだが、15回くらい試合をするとアベレージが185くらいになってしまう。
理由は毎回が集中していないから。メンバーも同じだし。
でも以前東京都の多きな大会では1年をとおして200のアベレージを出していた。
理由は知らない連中と投げるので集中するから。
ボーリングの場合、3ゲームで大体 90分。ワンボックスといって2レーンを6人で左右を交互に投げる
野球のバッターボックスで投手の投げる球を待つのと同じで
レーンに立って投球の動作をする瞬間の集中力がどの程度高まるかで結果は決まる。
スパットと言ってレーンに埋め込んでいるマークを通るようにボールを転がすわけだが
簡単なようで難しい。ボールは15ポンドで約7.5キロ。結構な重さだ。
しかも確実にストライクを狙う為には投げる瞬間ひねりも入れなければならない。
いわゆるフックボールというやつね。
例えば1ゲームで 200以上出す為にはノーミスで ダブル、つまりストライクを2回続けることが必要だ。
スペアは基本的に9本の1、つまり1投目で最低8本以上は倒さないといけない。
簡単に言うとミスしては駄目と言うこと。
3ゲームで大体、45から50回投球する。
それが一度もミスなしで終えることが難しいのは判るよね。
でもミスして悔しがるか、まあしょうがねえやで終わるかで上達のレベルが違ってくる。
仕事でも同じ、
私の場合、日頃動かすのは1000万以上の車ばかり、
ミスしてぶつけてしょうがねえやではすまされない。
仕事の時は集中する、当たり前だが大事なことだ。
ちなみに私が一番運転に集中する車、何だと思う?
ミウラだ。こいつは集中しないと牙を剥く、毒蛇のような車だ。
昨日もミウラを運転してそう思った。あとで動画を見てくれ。少しは判るかも。
その3、格差について。
一億総中流と言われた時代は過ぎて、今や日本も格差の時代だ。
企業は利益追求のみを追い求め、賞味期限の改ざんや、
中身のすり替えなど平気で行う世の中だ。
つまりモラルが無い。
表向きは優良企業に見えても、中身は派遣を増やし
社員のリストラや、賃金カットにやっきになっている。
つまり自分のことしか考えない世の中になっているということだ。
親がそうだから子も真似をする、
しかしこんな世の中だからこそ自分という主体を持たなければ駄目だ。
全て周りのせい、他人のせいにしていれば何時までたっても
負け組み(嫌な言い方だ)しかならない。
本来人生には負けも勝ちも無いはず、仮にあったとしても
それは自分が判断してそれを乗り越える基準にしか過ぎない。
幸い我々は日本と言うアジアでもその他の国と比較しても豊かな国に住んでいる。
インドは人口10億のうち、貧困層が8割だそうだ。つまり8億が貧しい。
オリンピックでわいている中国であっても、バブルでの金回りが良いのはほんの一握りだろう。
構造的な貧しい国の人々は本当に努力が報われがたい。
しかし、我々は違うのだ。
いじけたサリーマン根性は捨てろ、
貧乏でも気持ちが豊かな人生を模索しろ。
常に目標を持て。等々
今までいろんな人がそう言ってきた。
今年も当社は 創業28年の歴史にかけて、みんなに夢と希望、
ある人には 目標を与えて行きたい。
ディノが目標なのではなく、ディノを買う自分が目標なのだ。
2007年12月30日掲載。
その4 買うべきか待つべきか
今、車を買うべきか待つべきか。
最近商談をしていて思うのは、皆慎重に考えるなということ。
その背景には当然日本としての景気の行方やあるいは世界情勢などがある。
おまけに投資ファンドのグループが車の世界にも手を伸ばし始め
高額な車に引っ張られるように定番の車でさえ値上がりしてきている。
ディノが良い例。2〜3年前の3割くらい高い。仕入れが。
値下がりする?よく聞かれる。
私の今までの35年の経験で行くとどんな時も10年サイクルだ。今上がり始めて5年目くらい、
だから2013年くらいには多分下がっているだろう。
だからもったいないと思うなら待てばよい。
でもその5年の間にはいろんなことがあるだろう。
もち論歳もとる。
だから結論、
欲しければ買えば。買えるんなら。
これしかアドバイスは無い。
2008年 1月1日掲載
その5 ミウラと言う動物。
このミウラと言う車がどんな走りをするのか、今回の動画で少しは判ったかな?
一言で言えば、ファイティングブル すなわち闘牛そのもの。
しかしこいつは普段は優しい性格でもある。
つまり手なずけ方が大事と言うこと。
動物でも可愛がってやれば飼い主になつく。
車も同じ。愛情を込めて接してやれば まるで意思があるような動きかたをする。
例えば壊れる時でもガレージの近くに来て壊れるとか。本当だ。私も何回も経験がある。
まるで車のほうが気を使って、主人に迷惑をかけまいとしているようだ。
つまり、車を単なる機械と考えないで 生きている意思があるものと思って接するのだ。
そうすれば其処に対話が生まれる。
特に70年代の以前の車はそれが顕著に出る。
理由は簡単、その頃は全て人の手で車は作られていたから。
つまり作り手の意思が車となって見えている。
ところが今はどう?
ほとんどがコンピューターの作品と言う感じ。
ある方が、今の車は型からポンと割って出来たみたい と言われたがそんな感じ。
だから愛着がわかない。そして飽きる。
私は仕事柄このミウラを始め、毎日この時代の車を動かしているが
飽きることは全然ない。むしろ毎日が新しい感動だ。
是非みんなにもこの素晴らしい時代の素晴らしい車を手に入れて、
感性豊かな生活を送って欲しい。
ちかじかマセラティのギブリが長い船旅を終えて横浜に到着する。
とても楽しみだ。
2008年1月8日 掲載
その6 責任感とは。
責任感とはそんな難しいものか?
実は昨日まで鹿児島にディノの納車に行っていた。
東京の有明からフェリーで28時間 宮崎の先の志布志というとこまで行って
そこから鹿児島までは60キロくらいだった。
志布志港に着いたのは夜の9時。田舎だから本当に真っ暗。
埠頭からナビをセットして走り出だしても知らない夜道はなんとなく不安なものだ。
もしこんなとこでディノが機嫌が悪くなって動かなくなったらどうしょうとか。
勿論、今回は遠方の納車と言うことで普段より多く、520キロものテストを行った。
大体、70キロくらいのテストを8回くらい。
そうすると大概のマイナーなトラブルは発見できる。
今回もダイナモの配線不良で2回くらい充電しない状態になった。
それらの関係で本当は年末の27日くらいには鹿児島に運ぶ予定でいたのだが
延期していただいてテストを正月もやることにしたのだ。
前にも言ったように私は正月は嫌いだから仕事があるほうが楽しい。
ところが29日の土曜日に年末最後のテストを行うとストップランプがつかないことに気づいた。
直ぐにメカに直せと言うと、部品屋がもう休みだから他のディノからとりあえず借りますと言う。
なんとなくむかついたが、まあいいやと思い代えさせた。
心配性?あるいは完璧主義の私は勿論次の日曜日もディノを走らせた。
そしたら治っているはずのストップランプがまた点いていない、
次の日の31日は月曜だし、そもそもこれでは安心して走行できない。
次のフェリーは8日で予約してある。6日までなにもしないわけにいかないのだ。
私は直ぐに従業員のメカに連絡を取った。そしたら帰って来た返事が
今日から予定が一杯で6日まで出れません。
私は激怒してお前の仕事に対する責任感はそんなものか?
明日直しに来なければ解雇だと言ってやった。
そうしたら帰ってきた返事が判りました。責任とって?辞めます、、、、
本当に身内の恥をさらすようで恥ずかしいが、こいつは23歳、手取りで25万もあげて
ボーナスも30万、私なりに優遇してきたつもりだ。
しかも2年前にどうしてもスーパーカーの仕事につきたいからと志願してきたわけだ。
勿論それなりの能力を認めたから待遇も考慮した。
しかし能力と責任感は別物。
私は直ぐに辞表を出させた。
こんな馬鹿な奴を2年間も雇っていた私も情けなくなるが、今時の奴といえばそうなのだろう。
与えられるもの、もらえるもはなんでも受け入れるが、自分からの奉仕は拒む。
これでは仕事はまわっていかなくなる。
その代わりといってはなんだが、新年から新しいメカが二人入った。
私の期待に応えてくれることを望んでいる。
責任を取る、あるいは責任感を持つという事は他人へではなく 自分が自分自身に責任を持つということだ
2008年 1月10日 掲載
その7 我侭な生き方。
今年の目標の補足説明。
確かに日経平均もさがりっぱなしだし、日本経済の明るい話題は無い。
官僚は自分らの権益を守ることしか頭に無く、
国民の生活を守る意識はほとんど無い。
最近頭にきたのがガソリンの暫定税率とかいって、リッター25円も上乗せされているということ。
それもかなり前から。野党も今更ながらそんな話題を持ち上げるなんて不届き千万だ。
いまやハイオクは165円 25円下がったら140円だ。
今すぐに廃止しろと言いたい。勿論そのためには野党を私は応援する。
そんな混迷の時代だからこそ自分という人格、個性を考えなければならない。
今までのように他人の顔色を見てから行動では いつまでたっても個性、人格を太らせていくことは出来ない。
周りの様子を伺うことより、自分が今何をしたいのか、何を欲しいのか、それを考えるべき。また主張すべき。
それが廻りに派手に映っても、我がままに見えてもいいじゃない。
但し、それをするには条件がある。あるいは周りに対する事前の気配りだ。
私が一番嫌いなのが、自分の意見に女房が反対するからとか、家族がどうのとか、、、
だったらお前は一生女房のご機嫌でも取ってろといいたい。
誰が働いてお前らを食わせてるんだと。
つまり女と言う動物(あえて動物)の本質を理解してない。
女が喜ぶ、あるいは従うのは自分の意見に従う亭主ではなく、自分を心底、つまり心身共満足させてくれる相手かどうかだ。
ろくに女房の相手もせず、あるいは満足させず、自分の欲しいものをダダをこねるのはガキと一緒だ。
良く考えてくれ、自分のパートナーは何が欲しいのか、何を要求しているのか、SEXか?それも心のこもった。
別に毎晩しろと言うわけではない、手をつないで寝る、お休みのキスをする、
ふれあいが女という動物には大事だということ。
あるいは美味しい食事をキレイなレストランですることか?
たまには国内でも良い、何泊かの旅行でも連れていくことか?
それらの積み重ねが、亭主の言うことを聞く、あるいは亭主を立てることに繋がる。
つまりその日常の努力が我侭な事でも許される基盤になるのだ。
私が言う我侭とはそういう意味。
人生一度きりなんだし、誰もが80歳まで生きられるわけでも無い。
しかもスポーツカーの運転と言えば ある程度反射神経とかが必要になる。
金貯めて、気ずいたら老人ホームの玄関が見えていた、なんて滑稽だろう。
お金が足りなきゃローン組めばよい。金利も安いし。
早く当社に買いに来てくれ。(これが本音)
2008年 1月16日 掲載
その8 当社の情報公開。
今日も日経平均は下がりっぱなし。
株を保有している人は大変だろう。じっくり構えるのが一番だが。
そこで問われるのが会社の体質。
今まであえて説明しなかったが、此処のところのような事態までくると
説明しておいたほうが良いと思う。
皆さんもお判りのように、当社は完全な私のワンマン体勢。
勿論従業員は大切にするが、意思の決定は全て私が行う。
それで今まで28年間、この会社をやってきた。
現在、銀行の借り入れはゼロ。つまり無借金だ。信用できないなら興信所を使ってくれ。
今月の時点での在庫は 512BB, 365GTC/4 365GT2+2 328GTB
これに売り掛けの残をあわせると、流動資産は1億くらいに成る。
まあ、比較は悪いけど、三浦さんとか本山さんとことかは比較にはならない子会社だけど、
無借金は私の密かな誇りだ。
なんでこんなことを言うかと言うと、
当社も信用一つで成り立っているからだ。
お客様には多額の金銭を預けていただいている。
あるいは海外からの仕入れの場合なども、ほとんど全額近く先に頂いている。
木曜日に保税から出す マセラティ、ギブリもそう。
当然私の立場はそういう大事なお客様に安心と満足とを与えなければならない。
一昔はブローカーがイタリヤに安くて良いものがありますぜ、旦那、、、、
なんてことが実際によくあった。
勿論そのブローカーが現地に車を見に行くわけではなく、
来て見たらビックリとか、
まだ無事に着いたらよいほうで、何百万も預けたままとんずらされたなんて話もよく聞いた。
当社の扱う車は、大体が1千万以上だ。別にそこに拘っている訳ではないが。
車種を選んでくると自然とそうなった。
だからそういう大金を動かす以上、自分の会社としてもより体勢を整え、
情報の公開をしていかなくてはならないと思う。
いまや、時代がそういう場面なのだ。
あまり政治的なことは言いたくないが、政府の経済に対する緊張感の無さ、
後手後手に廻る金融対策、一般庶民のことを2の次にする体質はがまんならん。
別に小沢さんが好きではないが、変革を求めるのは大多数の庶民の感覚だろう。
話は元に戻る、安心して当社に車を買いに来てくれ。
2008年 1月22日
その9 シーサイドへの道のり。
最近 演歌を聞くとしみじみする。
私の世代はラジオから流れるアメリカンポップス 1960年代の
全盛期だった。中学生の頃、勉強机の脇にトランジスタラジオを置いて
勉強するふりして聞いたものだ。
大阪の下町の中学に通っていた私は(住まいは西成区の天下茶屋)
漠然と将来何になるんかな?と考えていた。
特別、手先が器用なわけでもなく、勉強も嫌いだったから成績も普通くらい。
ところが、3年生の時オヤジの転勤で東京に移ることになる。1965年のこと。
これが人生の始めての転機だった。
確かに大阪も都会だから、東京にいっても大した違いは無いだろうとか思っていたが
実際は全然違う場所だった。
まず、大きさが違う、広さと言うべきか。
中学生の私にとっては、東京でもはずれの葛飾区に来たもんだから、池袋、新宿、また渋谷なんて
山手線の反対側でえらく遠い場所だった。だからせいぜい上野まで。
当時のウンコ色の常磐線で金町から一本だったから。
おまけに言葉が違う。だからさ〜 とかいう東京弁はえらく気取った言い方に聞こえた。
そうやろ〜の、ろがかっこ悪くて そうだね〜 とみんなに合わせることに腐心した。
友達もあまりいないもんだから、仕方なく勉強をした。
毎週、日曜日は大久保の海星高校の模擬試験も受けにいぃった。
高校受験のためだ。
そんなんで成績と言うか、受験の為の偏差値もぐんぐんと?上がり
当時難関と言われていた、都立の航空高専の受験を許可してもらった。
試験は2月の大雪の降る日だった。
当時のぼろい校舎で寒さに震えながら試験を受けた。
当時、機体工学、原動機工学、機会工学の3部門あり、私は原動機科に受かった。
これが2番目の転機。
仮に普通高校か工業高校なんかに入っていたら、今とはかなり違う人生になっていたはず。
それからは、5年で卒業するはずが、7年も滞在した山あり谷ありの青春時代。
私が高専に入学したのが1966年。
まだ世の中全体がアナログの時代で、ある意味今よりも質素なというか簡素な生き方を
皆していたように思う。
やはり情報が増えれば増えるほど人はそれに踊らされるようになるのだ。
昔は情報は自分で努力して得るものだったが、今は廻りじゅう情報の洪水だ。
受験も上手くいったし、これからバラ色の青春かと思ったが、世の中甘くはなかった。
周りは下町の大学にはいけないが(家庭の事情で)頭のいい奴ばかり。
たちまち私は授業に付いていけず落ちこぼれになってしまった。
夏休み明けの9月からは学校をサボって上野公園をぶらぶらする始末。
当然の結果落第。
辞めようかとも思ったが、他に行く当ても無くもう一度1年生。
本当に恥ずかしかったのを覚えている。
ただ性格がそうなのか、逆に開きなおり先輩風を吹かしていった。
そうこうする内、時代は次第に動乱の相を呈するようになる。
大学では全共闘の学生運動が激しくなり、
私がいた高専でもそのムチャな詰め込みカリキュラムに反発して学生対学校の戦争が始まった。
なんでも首を突っ込むのが好きな私はそのころ、既にクラスのリーダー。
1年の時同期だった連中とも仲を組み、学生会を乗っ取って?
そこの会長に納まった。それが3年の時。
高専は各県1校ずつあり、全国で50数校。ほとんどが国立だった。
其処の学生会にも連絡を取り、全国高専連合を作った。
初代の議長は私。 単純に目立ちたがり屋なのかもしれない。
別にそのころも青臭く議論を交わしていたばかりではない、
一つの趣味がバイクであり、ギターだった。
特にギターは当時はやったフォークソングのブームで
私もアコーステックのギターで弾き語りとかしていた。
そんな中、新宿でフォークゲリラとかいって、新宿駅の東西通路の中ほどで
ギターをかき鳴らして反戦フォーク(なんて言葉が古いんだろう)を歌う集団が出始めた。
時代が時代だったから、(アメリカのベトナム侵攻が激しさを増していたころ)
たちまち社会現象になり、勤め帰りのサラリーマンやOLなどが輪を囲み
みんなで反戦歌を歌う、異様な光景だった。
それを見て、ミーハーな私はすぐさま池袋の立教の大学の連中と連絡を取り
池袋駅の地下で同じことをやった。
今でも鮮明に覚えている、そのときの光景を。
私ら数人がギターで反戦歌、(ここがポイントだ。恋愛の歌では人は集まらない)
を歌いだすと、たちまち人の輪が出来てガリ版刷りの歌詞を片手にみんなで歌いだす。
多い時は100人以上で通路が通れないほどだった。
人は目的があればこんなに一緒の行動が出来るんだと感激したものだ。
そんなことをしていたから?学業は当然おろそかになり、3年をもう一度落第をした。
そのころ学生運動も急激に下火になり、社会全体に閉塞感が漂っていた。
東大の安田講堂の立てこもりが陥落した頃だ。
公立ではあったが、もう一度同じ学年をやると言うことはそれなりにお金がかかる
私はオヤジに相談した。止めろと言われればそうするつもりだった。
私より遥かに頭のいい連中が、純粋さ故、大量に自主退学していたし。
オヤジは私の問いに終始無言だった。
それはお前の進路はお前が決めろ と言っているようだった。
というかそういうふうに、都合よく?私は解釈した。
その後、2回目の3年、4年、5年と順調に飲み会に?明け暮れ
無事に卒業式間じかを迎えた。
仲間はとっくに就職先を決めている。
大手ではトヨタ、日産、本田。
少数、JAL,ANA。ほとんどは整備部門だが、
クラスに一人はパイロットの試験に合格する奴がいた。
私は2回も落第している落ちこぼれ。しかも学生運動のリーダーだったしで
普通の会社が受け入れてくれるわけが無い。
しかし、心の中では上昇志向というか日本を動かしている上の連中とはどんな奴らだ?
それを知りたい、見て会ってみたい、そんな気が強かった。
そこで閃いたのが、車だ。
金持ち、=外車。
でも深い考えは無く、しかも当時は 外車といえばアメリカ車だったから
とりあえずアメ車のディーラでも入れば道は開けるんじゃないの?
みたいな考えで、東京の三田にあった、近鉄モーターの入社試験を受けることなった。
そこはフォードの代理店だ。
長かった髪もバサリと切り、初めて買ったリクルートスーツにネクタイと
にあわねーなと思いつつ、面接を受けた。
イチゴ白書をもう一度の歌そのものだね。
対応した人事の奴が、君は営業には不向きだね、(どこがや?)
登録課なら空いているけどとか言われて、自宅で結果俟ち。
そのころ実家を出て荻窪の4畳半のアパートでバイトをしながら
待っていると、不採用の通知が来た。
興信所の奴が来て調べていたらしい。
当然、学生運動のことも判ったのだろう。当時組合には皆神経をとがらしていたから。
まあしかたねーや といつもの楽天的な考えで好きな車の本を見ていた。
カーグラフィックだ。
ぺらぺらとページをめくっていると、広告のページでモノクロだがカッコいい車の写真と
建設中のビルの写真、下に新社屋建設のため若干名 営業募集とある。
名前は? シーサイドモーター
これが私の運命を決める出会いだった。
カーグラフィックで営業募集の記事を見つけた私は早速電話してみた。
面接に来いと言う。
次の日、荻窪から電車を乗り継いで横浜のシーサイドモーターの仮社屋 といっても倉庫の間借り
に行くと、営業課長だった樋口さんが前の喫茶店で面接をしてくれた。
さらっと履歴書に目を通すと、明日から来いよと言う。
近鉄モーターとはえらい違いだなと嬉しくなった。
次の日から私の横浜通いは始まった。
電車では面倒なのでバイクで環八を通り、第三京浜で横浜へという道のりだった。
4月に入社して、9月にビルがオープンするのだが、それまでは
銀行への使い走り、車の掃除、いわゆる雑用係、
それをしながら、そのころ3人いた営業の先輩の仕草、電話での応答、などを覚えていった。
なかでも面接をしてくれた樋口さんは今で言うイケ面で 着ているスーツもカッコも良く
しかもトップセールスでもあったし、私の師匠でもあった。
足車で樋口さんが運転する マセラーティのボーラの後を着いて行くのだが
乗り込む仕草もカッコよく、車も飛びぬけてカッコよく見えたものだ。
今でこそ六本木あたりフェラーリもランボルもうじゃうじゃいるが
その頃は全国でもほんの数台しかなかっのだ。
いつかは俺も運転させてもらいたい、それが当時の私の夢だった。
社長の松澤さんはある意味雲の上で、初めのころは言葉も交わしたことも無かった。
当時のラインナップは、代理店だったマセラーティが
ギブリ、ボーラ、カムシン、
ランボルが エスパーダ、ヤラマ、ウラッコなど。
私が生まれて初めて運転したのは ギブリ。
長いノーズに低い運転姿勢、本当に感激した。
だからこの車には今でも思い入れがある。
そうこうしているうち、10階建ての立派な本社ビルが完成した。
1階がショールーム、それもイタリア製のタイルを貼り、家具もイタリア製のもの
アイボリーで統一された空間はイタ車を入れるのにふさわしく、本当にかっこよかった。
2回は工場、新規で募集したメカも集まり、10人くらいはいた。
3階はガレージ、6階は経理の部屋と社長室。
ここもふかふかの絨毯張りで贅を尽くしたものだった。
後で考えれば、大きな資産も無い車屋がほとんど銀行の借り入れで
でかいビルを建てること自体が無謀だったのだ。
その時、1974年の10月頃だった。オープニングパーティが行われたのは。
パーティーはそうそうたるものだった。
浮谷幸次郎さん、(天才と呼ばれた東次郎のお父さん、当時シーサイドからボラを買っていた)
日本で1号車の365BBを購入した 市川さん、その他大勢のお客様が来られた。
私はというと、お客様の車の預かり係、兼交通整理。
一段落して、営業部長に私は何をすればよいんですか?と聞くと
お前は2階の部品係をやれと言われた。
せっかくキレイなショールームで華々しく?かつカッコよく?営業をできるんかと思っていた
私だったが、仕方なくスーツからジャンパーに着替えて2階の工場の部品管理をし始めた。
原動機工学科を出ている私だから、部品も大体理解していたのだ。
そうこうして、3ヶ月がたった。
私は折を見ては下に降りていき、部長に下で仕事をさせてくれ とせがんだ。
お前がそんなにやりたいのなら、やってみろ、但し営業は成績を挙げてナンボだぞ
と言って、ジャンパーからスーツに着替えることを許してもらった。
時は 1975年の1月のこと。
その頃のシーサイドの営業はいわゆる猛者みたいな連中が4人くらいがいて、
私には雲の上のような人ばかりだった。
新米のしかも生意気そうな私を可愛がってくれる奴はいない、
何をどうすれば車が売れるのか?始めは皆目見当もつかなかった。
ただ、電話番で着た電話を捕っていると、たまに問い合わせみたいなのがある、
そこでうまく話を進めると、具体的にお客がショールームに来てくれることに気づいた。
また、飛び込みで来たお客にもていねいに話をすることで、次に繋がることも覚えた。
そうこうしている内に、段々と私は売り上げナンバーワンの営業マンになっていく。
他の営業の連中は、飛びぬけてスポーツカーが好きだったわけでなく、
私はそれらが大好きだったから、それも大きな要因だね。
そして気がつけば、2008年で 通算33年の営業をしてきたわけだ。
長いようで、短い、それが人生と言うものだろう。
その10 女との付き合い方。
女に興味の無い奴は読まないでくれ。
動物はすべからく、雄と雌で出来ている。
勿論、その意味は生殖して子孫を残す為だが。
ところが、人間の場合は単純なオスメスではなく、個々に人格、性格、教養、勿論容姿と一人ひとりが異なる。
その上に人種の違いを入れば百人百通りだ。
ここでは我々日本人の場合、感覚で考査しよう。
元々、我々日本人は恋愛と言うものには保守的だった。
明治、大正はともかく昭和の始めでも結婚はお見合い、これが大体の多勢だったように思う。
それには当然理由がある。
簡単に言うと出会いが少なかったのだ。
今とは違い、コンピューターも無い、携帯も勿論無い、
あるのは、書籍の文通希望のコーナーだけ。
これでは手じかにいる女を口説いて、言い方は悪いが やれる女にしちまおうと思うのも仕方ない。
オスの本能とはそういうもの。
ところが身近にいる女、イコール イイ女とは限らない。
では、イイ女の私の定義。
まずは 容姿。小顔で目が大きく、顔のバランスが取れていること。好みはあるけどエビちゃん(食用)みたいなもんか。
次はスタイル。最近は足も長くはなってきているが、相変わらず胴長短足が多い。
太って、足が太いのは論外だ。身長は最低でも160は必要だ。
女性には言いたいことをいいやがって、この馬鹿と言われるだろうが、ブスが多いから美人が引き立つ。
ここまでだけでも、200〜300人に一人かそこらだろう。まあまあで。
次は性格だ。
これがまた難しい。
大人になってからでは性格は変わるものでは無い。つまり性格ブスは死ぬまでそう。
ということは、やはり幼少時の親の躾だろう。
別に深窓の令嬢を探せと言うわけではないが、少なくても 正しく礼儀と、丁寧な言葉使い、他人に対して優しい心、
それらを子供の頃に躾けられた女を良しとすべきだ。
もう一つ付け加えるなら、ユーモアの心、これが意外と大事だ。
人生 日常生活において、そうそう楽しいことがある訳ではない。
だからこそ、連れの相手が時々ユーモアで相手を和ませる、このゆとりというか余裕が大事なのだ。
逆に言うと、真面目一本で、冗談も言えないような女だと、だんだん息が詰まる。
昔は旦那に尽くすのがある意味当たり前のように言われてきた。
勿論、武家社会からのなごりだろうが、ところが今は男女平等は当たり前、むしろ女のほうが立場が強くなっている、
20代はキャンキャンやら姉キャンやらで情報が世の中あふれまくり、どんだけお嬢様がいるんだと言いたいが、
みんな気持ちだけは、というかビトンのバッグをぶら提げれば上流の仲間入り、
そんなアホな女が世の中あふれている。
そう、情報が増えるほど女は権利意識が強まり、主張が始まるのだ。
それでは こんな今に生きている我々男はどう対処すべきか。
これが今回の命題だ。
例えば18才くらいから発情?し始め、ガールフレンドを探すとしよう、
ここでは女と言うものの実態を知る為にできるだけ多数の女と知り合う必要がある。
勿論本気で恋愛するのもOKだが、若いときはとかく相手を理想化するものだから、
やはり数をこなしたほうが良い。
ここまではブスだろうが、足が太かろうが構わない、
一人、一人の性格、感情の表し方、優しさなどを見るのだ。
そうこうしているうち、目が肥えてきて25〜30歳くらいになる。
そこで始めて理想の女を捜せばよい。
その1、自分が普通の男で普通の人生を送りたい、
つまり並みの人生でいいやと思う人。
まずは容姿と上では述べたが、それだけを求めると火傷を負うことになる。
勿論、美人はプライドが高いから、一筋縄でいかないし、性格ブスも多い。
おまけに黙っていても男が寄ってくるから、男を見る眼も肥えてくる。
だから美人を口説く、これはかなりリスクと根性が要る。
だから並みの人生を目指す貴方には向かない。
そんな貴方には、性格が良い女、これが基本となる。
優しさ、思いやり、これを相手に示せる女なら言うことはない。
健康で安産型なら子供も何人か産んで幸せな家庭を築けるだろう。
ただ、たまに結婚すると、あるいは母になると性格が変わる?というか本性の出る女もいるから
注意しなければいけない。
その2、人生はギャンブルだ、太く短くても楽しい日々を送りたい という貴方。
そんな貴方には美人は無くてはならない、アクセサリーみたいなもの。
何処へ行っても美人を連れてれば廻りは注目するし、そのオーナー?の
貴方までも尊敬?される。つまり鼻が高い。
しかし、それの代償として毎月の美容の費用、エステやらヘアーメイクやら化粧品
その他もろもろ、勿論ジュエリーなんかのプレゼントも含めて相当の金がかかる。
これが代償だ。
おまけに美人は小さい頃から親戚のオバハンなんかにこの子は器量よしだね〜
とか言われてるから、顔で褒められることにうんざりしている。
だからそれ以外で褒めて欲しいものなのだ。
例えば知性とか。教養とか。
ところが知性を高めるには相当の勉強が必要だ、
今時真面目に勉強する子も少ないだろう。
だから現実と願望の狭間で、性格が歪む。
おまけに小さい頃から見た目で判断され優遇されるから、人は自分に優しくしてくれて当然
という意識が生まれる。だから自分が相手に優しくする理由が見えない。
そういう性格が多いのが美人の特徴なのだ。
但し、極まれだが美人で性格も良い、おまけに優しいという女がいる。
これを見つけるのは広い海原で釣竿をたれ、鯛を釣るようなものだが
トライしない手は無い。
人生はギャンブルと割り切れる人には私は挑戦することを勧める。
金なんか、湯水のように使えばよい、
そうすることで、直ぐに相手の本性が見えてくる。銀座の女が良い例だ。
素人なら、叶姉妹ほどは金がかからないだろう。
ここでのまとめ。
やはり女は性格が良いのが一番。
その上で器量よしなら言うことはない。
だから自分の身の丈、願望その他を考慮して、相手を探せば良いということだ。
妥協も必要だが人生は一度きりだからね。
離婚、結婚を繰り返す奴はある意味幸せかも、、、、、
恨まれないことが大事だけどね。
その11
男の品格、もしくは人格
私も職業柄沢山の人と会う。
そこで思うのは、魅力の有る人が少ないということ。
魅力?
間単に言えば、女が惚れる男、あるいは興味を持つ男と言えばよいか。
逆の立場で考えれば直ぐに意味が理解できる。
我々男から見て、魅力の有る女とは?
単純に容姿が良いだけでは無い、その裏に隠された人格が現れた時に魅力を感じるのだ。
例えば、思いやりとか、優しさとか。
女性の場合、若いときはその若さでごまかせるが、
30も過ぎてくるとその人の内面がもろに顔に出てくる。それが品格だ。
男も同じ。40過ぎればそれまでのその人間の生き様、仕事に対する満足、あるいは不満足
家庭においての幸せ度、あるいは不幸せ度
全てが顔に、また表情に出てくる。
40過ぎれば自分の顔に責任を持てとは当然の事だろう。
我々は無意識に仕事の同僚、あるいは部下、そして赤の他人にまで
毎日素顔をさらしているのだ。
と言うことは、毎日自分の生き様を他人にさらして評価の対象になっている事を意味する。
女も鏡を見なくなったらもうおしまいと言われる。
男もそう。自分の姿、顔立ち、髪の毛それらがどんなふうに相手に見られているのか点検しなければいけない。
そこで自意識を持つことで進歩、あるいは後退を防ぐことが出来るのだ。
勿論、見た目が全てではない。それは最低限と思ったほうが良い。
なにか一つ自信のある事を持つ、
あるいは全力で出来ることを持つ。
それが品格となって顔にまた表情に出てくる。
自分の顔あるいは表情が他人にどのように評価されているか、まず関心を持つことだ。
親しい友人に聞くのも良い、あるいはワイフに聞くのも手だ。
俺は魅力の有る男になりたいといえば、始めは大笑いされるかも知れないが、
本気ならそのうちに見直してくるだろう、
どうか次回当社を訪れる時は私がおや?と思えるような魅力の有る男に少しでも近ずいてくれ。
顔はともかく、着る物に気を配るだけでも印象は違うだろう。
私の自信?
34年のスーパーカー 一筋の生き様だ。
その12 最近の日本。
このHPを見ていただいている沢山の人。
勿論、車が大好きだから、それが一番の理由なのは判っている。
でも少し言わしてくれる?
最近、我々を取り巻く環境がいつの間にか変わってきているのにみんな気ずいてるよね。
一例を挙げればガソリンの高騰、日本経済の脆弱化。
ひところのバブルのように、日本アズナンバーワンなんて遠い昔だ。
本当にバブルの頃は海外のオークションでも日本人のバイヤーが件並み手を挙げ
Sold to Japan と言う声が飛び交っていた。
今は? オークションボードに 円の表記さえない。
これが日本の実力なの?というか日本人の資質がそんなものか?
最近当社の周りにも古いビルを壊し、駐車場にする物件が急激に増えている。
暫くしたら、マンションの建設だ。商店では無い。
この間、久しぶりに私の生まれた大阪の下町、天下茶屋を訪れた。
その昔私がハナタレ小僧だった頃には沢山あった、
うどんや、貸本屋、お菓子や、おもちゃ屋など小さな商店は
ものの見事に全部なくなっている。
おそらく後を継ぐ人もいないのだろう。みんなシャッターを閉めたまま。
昼間からなんか町が死んでいる。
大阪でこうなのだから、地方に行けばもっとかも。
今のうちに歯止めを掛けないと、我々の生活全体が、大資本にコントロールされる
そんな時代が必ずやってくると思う。
政治家は口では美味いことを言うが、大資本家の手先だという事を忘れてはならない。
久しぶりに学生運動家だった頃を思い出した。
あの頃は何らかの形でも発言する方法があったが、今はネットで愚痴を言うしか無いんじゃない?
駄目だそれでは。
東大でも早稲田でもおまえら学生の分際で何か考えているのかと問いたい。
若者の意見が最近見えないじゃないか?
次の世代はお前らの肩にかかつているんだぜ、もっとしっかりとしないと。
2008年 6月 掲載
その13 車屋の話。
私がこの業界に入って、もう34年。ということは1974年からだ。
当時、東京にも何軒か車屋はあったが、今はその殆どが廃業もしくは倒産の為無くなっている。
めぼしいところでは、環状8号にあったチェッカーモータース ユニオン、セントラル 渋谷自動車
目黒通りでは オートロマン、アートガレージなど。
ところが最近は外車屋以外の資本から参入した 新しい車屋が目立ってきた。
そこらは立派なショールームを構え、在庫も多数持っている。
一見、外車は派手で儲かっていそうに見えるらしい。
だが、私の長年の経験から行くと、非常に効率の悪い儲からない商売だ。
まず、一番に経費がかかりすぎ。特にショールームなどをましなところに建てたりすると
てき面。
おまけに、今は新車は殆どゼロに近い儲け幅。
このあいだ、茨城の私の長年の友人、切替さんが430を新車で輸入して
利益は100万も無いと言っていた。それでは商売にならない。
だからモデナとか430とかのチョイコロを買い上げて売るわけだが今や商品がだぶつき気味。
どこでも同じ車を並べているから、買いたい奴はネットでしらべりゃそれで済む。
ポルシェもガリバーなど大手の資本が参入してオークションなどで薄利で売るものだから
昔からのポルシェ屋は仕入れが出来なくて泣いている。
つまり今は完全に車屋の淘汰の時代。
いきずまって、ベンツの中にディノとかミウラを並べて誰が買う?
当社のように創業、28年勿論ビンテージフェラーリ、ランボルの専門店
それでも今はお客の財布の紐は硬い。
それはある意味、先が見えない不安だからか?別に買えない訳ではないけど、、
私はそういう人にいう、
今は本当に価値のある物、あるいはお金をかけて惜しくないもの
それらを厳しく見極めて買いなさい。
当然それを司る車屋も厳しく選択しなさいと。
その意味で皆さんが当社を選択し、信頼を得られるのなら言うことは無い。
またそれに応えられるように、私はいつも万全の準備で待とうと思う。
この道、34年、キャステルで28年。
私が今まで歩んできた道のりは一重にお客の満足のためにある。
その14
再び リーダーシップとは。
昨日まで洞爺湖でG8サミットが開かれて各国の首脳が集まっている。
議長は開催国の我が福田総理だそうだ。
ところが、というかやはりというか、
世界が今直ぐにでも解決の糸口を見出さなければならない問題の突破口には全くなっていない。
理由は簡単。各国がエゴを捨ててまで他人の国の事まで考える余裕が無いからだ。
つまり自分の国に山積みされている問題で精一杯。アメリカも日本も。
それならサミットなんか止めればいいじゃん、
莫大な経費を使ってパーティーもどきをやる必要があるのかと。
首脳の婦人外交なんて笑わせるなと言いたい。
言い方は悪いが人間は所詮エゴのかたまり。それが集まったのが国家。
だから敗戦した日本のようにとことん痛い目にあわなければ間違いを悟らないし、反省もしない。
極論かもしれないが、今世界は水爆やら原爆であふれている。
地球全体を何回も破壊するくらいの量だそうだ。
だったら、それらを保有する全部の国が一斉に放棄できるか?
自国のエゴを捨てて。
できないんなら、それらを全部使って戦争をしろと言いたい。
誰が最後に勝ち残るか?
その勝ち残った国が今度は世界の覇者としてリーダになればよい。
その時始めて今後の世界はどうあるべきか、みんな真剣に考えるだろう。
今のG8なんか全くの茶版劇だ。
福田総理もロシアの顔色を伺って、直ぐ近くに北方領土があるにもかかわらず
ホの字も言えないんだったら、潔く腹を切って直ぐ辞めろと言いたい。
国民の期待を裏切るのは真のリーダーではない。
その15
顔は人の心。
私は機会あるごとに顔写真を出す。このHPでも広告でも。
何故かというと、企業、会社でも実際に其処にいるのは生身の人間。
だったらどんな奴が経営しているのか、どんなポリシーを持っているのか?
知りたいのは当然じゃない?
最近の車屋は綺麗なショールーム、あるいは店を構えていても
全然人の顔が見えない。当然其処にいる営業マンだか社長だかの知性もだ。
私的な感覚では、100万そこらの車を売るんならそこらのアンちゃんでもいいかもしれないが
数百万、数千万の車を売るんならその金額に動じないくらいの人生経験、
また、その高価な車に負けないくらいの人間性、
それが必要だと思う。
私は今まで34年間車屋をやってきて、いろんな経験を積んできた。
日本のみならず、海外でもだ。
始めて入ったシーサイドの倒産にも立ち会ったし、
その後のバブルの崩壊も目の当たりにした。
その実に多様な経験があるから今があると思っている。
つまり、車の事でもアニキ(サブちゃん、or
鳥羽ちゃん)のような存在、
また人生でもアニキのような立場でアドバイスを出来ればと、、、
その一歩として顔写真を出すことが役に立てればと言う考えだ。
また其のことが、私の目指すライフワークだ。
その16 一流とはなにか。
長年同じ仕事を続けてきて、その腕を磨き、周りに評価されること?
あるいはその作る製品が他のものと比べて秀でていることか。
残念ながら車屋の世界ではその定義を当てはめるのが難しい。
何故なら昔からいわゆる車屋、道路沿いに車を並べて売る商売、
の場合、いかにパッと見綺麗に見せて高く売るかに専念してきたから。
車屋というのはそういう概念があった。
だから、価値があるといわれる車の修復、すなわちレストアなんてつい最近の話。日本の場合は。
当社もやるからには当然1流の仕事、1流の製品を作りたい。
但し、世界基準でだ。
そのために今まで100回以上も海外に出て、世界の基準と言うものを見てきた。
だから できるできないは別として、何が世界の一流かはよく判っている。
正直、まだまだ未熟だが、世界のトップクラスと誰でもが認めてくれるレベルに早く到達できるように
努力したい。それが不況に喘ぐ日本の車屋の中で唯一方向性を見出せる当社の強みだ。
昨日業者の、オークションでディノが出るというので見に行った。
残念だがプロの車屋が仕入れたものとは思えない車だった。
どんな仕事でも手を抜かない、これが一流への第1歩だ。
妥協は堕落の始まり、自分自身にも言い聞かせたいと思う。
その17.国家の資質
今、アメリカは不況の底に向かおうとしている。
そんな中で行われる、モントレィウイーク、
私は例年に無く興味がある。特に今年はラグナセカが10年ぶりに特集がポルシェだし。
おそらく不景気なんか関係なく盛り上がるだろうと思う。
理由はアメリカ人は、ある意味ガッツがあるから。
たった400年の歴史でゼロから今の世界1の座を得た国だ。
だから何があってもへこたれない前向きな姿勢がある。
かたや日の元の日本。
未だに自分の持つべきアイディンティを探せなくもがいている。
敗戦後がむしゃらに復興に取り組んできた。
ふと佇むとある程度の金は残った、ODAもしている。
外貨準備高も中国についで2位だ。
それなのに、将来の設計図が見通せない。
すなわち日本の矛先が見えないのだ。
また、極論を言おう。
日本も核爆弾を作って、保有宣言をすれば良いのだ。
唯一の被爆国?確かに核爆弾は一度に大量の人間を殺す、
だが、殺される側からすれば鉄砲で殺されようが、核爆弾で死のうが同じこと。
では何故、核保有する理由があるのか?
懸命な貴方なら解るだろう、
今の日本は世界から舐められているからだ。
世の中きれいごとを言っても、全ての元は ちから関係だ。
簡単に言えばICBMをより多く持っている国が強いのだ。
極東の小さな島国のくせして、車ばっかり輸出しやがって金儲けばかりする
イェローモンキー。
我が同胞?のアジアの人々は殆どが心の底では思っているだろう。
もっと離れたヨーロッパ諸国、太平洋を挟んで遠く離れた大陸に住むアメリカ人
当然この島国に住む日本人のものの考え方、その基本になる歴史など知る由もない。
すなわち、この世界の中で日本の位置が空洞化しているのだ。
それはこの間のサミットを見ればよく判るだろう。
だから、、、、、もう一度我々日本人が内から熟考し、真剣な議論をし
他国に向けて日本はこう有るべき、こうしたいと強く主張をすればよいのだ。
その一つの手段が核の保有だ。
そうすれば他国も日本は真剣なのだなと思わざるを得ないだろう。
天気予報のロケットを飛ばしている場合じゃねえ
北朝鮮ですら飛ばせるICBMの高性能なものを国家プロジェクととして作れば良いのだ。
私はこの混迷の時代において唯一の生き残る手段がコレだと思う。
2008年 8月7日掲載
アメリカの資質
ラグナセカの一番頂上にある コークスクリュー。
沢山の人が見物している。しかも大半が40歳以上のいわば中年。
ここら辺が日本と違う。日本のサーキットではガキ、、、いや言い方が悪いね若者ばかり。
別に若いから駄目と言う意味ではなく、中年以上が少ないのが駄目なのだ。
確かに富士や、鈴鹿へ足を運ぶのは大変。おじさんは家庭サービス?でそんな暇は無い?
だったらアメリカ人は日本と比べてそんなに余裕があるのか、
違う、単純に車が好きなだけ。
そこらへんが何時までたっても、日本に車の真の文化が定着しない理由になっている。
理由その1、 アメリカの国土は広い。郊外に住めば絶対に足が要る。
それが昔は馬だった。今は車。要するに生死を左右するほど大事な部分なのだ。
かたや日本、江戸の頃から庶民は自分の足で歩いた。お伊勢参りなどもそう。
だから明治になって外国から車が入ってきても、
極一部の階級の人間のみの道具。だから原点が違う。
理由その2、アメリカ人は広い国土への反発のせいか
ちから、すなわちスピード、をよしとする。
インディ のオーバルコースを400キロで周回するなんて日本人には発想すら出来ない。
あるいはイギリスのちゃちなACにフォードの5リッター以上の馬鹿でかいエンジンを積む
シェルビーコブラなんて化け物みたいな車を賛美する。
理由その3
彼らのルーツのヨーロッパへのコンプレックス。
たかだか400年の歴史しか持たないアメリカ人にとって、ヨーロッパの文化、それの象徴する
ベンツであったり、ブガッテイ、アルファ、フェラーリなど
それを所有することは、一種の先祖帰りと同じなのだ。
だからその頂点に位置する、ペブルビーチなどのコンクールは
これでもかというぐらい、レストアを施し、アメリカにおけるヨーロッパを堪能する。
私もここ20数年、アメリカ、そしてヨーロッパの各国を廻って
いかに日本と言う国が極東の島国かと言うことを実感してきた。
すなわち日本は戦後、アメリカの傘の下で、戦後復興を目指し
またその目的があったからこそ、がむしゃらに働いた結果、ある程度金持ちの国になったのだ。
ところが現在、グローバル化が進み、昔のようにただがむしゃらに働くだけでは
通用しなくなっている。大きな曲がり角だ。
おまけに団塊の世代と言われる戦後を担っていた世代が次々とリタイアしている。
今の30才台の目的とはなんだ?20代ではどうだ?
おそらく漫然と将来の不安を感じながら日々を過ごすのみか。
今から30年間、これで世界の情勢は完璧に変わっていくと思う。
その頃には日本はもっと小さな国になっている気がする。
このHPを見ている 30台、20代の諸君がいたら、是非忌憚の無い意見を私にぶつけてくれ
そしてこの先、日本がどうあるべきかを真剣に考えてほしいと思う。
私はたかが車屋だが今までの100回以上の外遊で得た感覚は並みの政治家よりも優れているはずだ。
2008年 9月2日 掲載
OLD BOY
以前は私は歳を取る事すなわちマイナスの方向だと考えていた。
しかし、最近は逆に積もった経験が自分を豊かにしてくれるプラスだと言うことに気づいた。
だから40台のときよりも今のほうが全然楽しい。
先月の19日に57歳になったが。
アメリカ人は若者のことを BOY ボーイと呼ぶ
この写真の人々は だから OLD BOYだ。 意味が判るか?
スポーカーの定義。
当社は全ての販売する車を完璧に”走る” コンデションとして提供してきた。
それはこれからも変わらない。
そのためのテストなら何百キロでもいとわない。
社長、鞍の34年間の経験でOKのサインが出るまでだ。
当社の車はただ綺麗なだけではない。走りにも究極の美を求める、それが全ての基本姿勢だ。
動画のサイトを見れば、私が一切のごまかしをせず、アクセルを全開にしているのが判るだろう。
どんな車でも全開、これが私の基本ポリシーだ。古さなんて関係ない。
少なくとも1、2,3速は タコメーター、レッドのギリまで廻す。
それでこそフェラーリ、それが出来ないならフェラーリではない。
エンツオの考えも同じだったと思う。
モデナのF1マチックかなんかで 3000回転くらいでシフトアップしてひょろひょろ走るから
車になめられて、自分も飽きる。
大体、今までフェラーリのFの字も知らなかった奴が、今の高性能すぎるFを
制御できる訳が無い。
そんなにスポーツカーに乗りたいならユーノスのマニュアルでも買って勉強しろと言いたい。
昔は、と言っても30数年前だがFに乗ると言うことは、一種の冒険だった。
今は、あまりにもなめすぎてる。売る側も買う側も。
スポーツカーはマニュアルシフト、キャブレター。これしかない。
だからフェラーリで言えば、ボクサー以前となる。


イタカジ 2008年9月
ここはミラノの DUOMO ドオモの近くのバー。
画像のように外までテーブルを張り出すのが彼等流。
飲み物を飲みながら、道行く人を眺めるわけだ。
そこでいつも思うこと。イタリヤ人は男も女もカッコいい奴が多い。
勿論全員ではないが、ファッションに気を遣っている奴らが多い。
イタリアンカジュアル て奴だ。
これくらいのガキでもセンスよくない?
ジーンズの半分 まくりあげるなんか渋谷で流行りそう。
おっさんの、帽子とシャツに注目。それとホワイトスニーカー 多分下は裸足だ。
黒のジャケットに白いシャツ。シンプルだがきまっている。
オヤジの色あせたジーンズ、白いシャツを無造作に着て、皮のジャンパー
これって、私のスタイルや無いの。ここにいた20分の中で何人もカッコよい人を見た。
学ぶべきこと。
歳なんか関係ない。いや歳を経るほど若い格好をするべきだ。
ていうか。身だしなみに気を配るべき。
ポイントは、保守的にならず、1歩踏み出してカジュアルを身につけること。
そうすれば、気分もフレッシュになるし、人に見られると言う自意識も生まれる。
男も女も人に見られてナンボなんよ。
人から注目を得るためには、センスの良い派手な格好をすれば良いわけ。
簡単だろ?
思わず顔を背けられるようなダサイ雰囲気だけは止めよう。
特にフェラーリとかランボとか 車自体が派手な物に乗ってると
当然ドライバーもそれに比例する雰囲気かなとまわりは期待する。
そしたらどこかのサラリーマン見たいのが出てきたら、いっぺんに興ざめするだろう。
正直言って、日本人のオーナーの3分の2は落第。
もっとイタリア人のように感性を磨けと言いたい。
人生と車
最近歳を取って、もう乗れなくなったから手放したい、、、、
そんな話を頂く事がある。
よく死ぬまで持っていたいとか言うが、人間それが近いと感じるようになると
自分の愛車の行く先が気になるようだ。
下の人みたいに広大な敷地をもち、別にお金に困ってなければ
自分の愛車とともに地面を掘ってそこに埋めてもらうのも究極の方法だろう。
どれだけ好きな愛車と共にいられるか、あるいは走れるか、、、、
40歳を過ぎたらそろそろそんな事も考えたほうが良い。
なにしろ、人生は自分の思うように全てが行くわけではない。
昔、日活の青春スタートして活躍した 和田浩二さんが癌にかかり、
わずか42歳で亡くなった。
彼はシーサイドの頃、新入りの私を可愛がってくれ、
彼のディノや、次のボーラなどを乗せていただいた。
今、俳優などで活躍している ガッツ石松さんもその当時はボクシングのチャンピオン
そのガッツ石松さんを紹介するからと、六本木で皆で待ち合わせたことは今もよく覚えている。
なんとランボルのエスパーダを無理やり?買ってもらったのだ。
ところが私がシーサイドが潰れ、ブローカーで細々していたころ、電話で呼ばれ
自宅に伺うと、痩せた体でこう仰った。
俺ももう長くは無い、今のうちに車を処分しておきたいんだ。
当時彼が持っていたのは、512BBのケーニッヒ、それとベンツのSLだった。
その数ヵ月後彼は亡くなった。
私は今年で57歳、今まで元気に生きてこられて本当に幸せだと思う。
だから好きなことを出来るうちにやる、
これが一番大事なことだ。人生は短い。
元全米ランチャクラブの 会長。ニューヨーク郊外の広大な敷地に住んでいる。
車の質感 2008年10月
ゲンロクの取材で 群馬県の高崎まで出向いた。
新旧のランボルと言うことで、当社のミウラと、ムルシェラゴの2台。
場所は元製鉄の工場跡。60年前に操業を中止したそうだ。
ギャラリーが写真を撮るのは皆 ミウラ。ムルシェはどう見てもカッコよくない。
関越の高坂から20キロくらい私が運転した。
このムルシェはランボルギーニ ジャパンの広報車。最新の640だ。
6.5リッターもあれば速いのは当たり前。
問題はその質感だ。
私的に一言で言えば、でかいトラックのようなスポーツカー。
加速の感じも発電機みたいな、まるで電気モーターのような加速
面白くもなんとも無い。
足車のベンツとかならそれで良い。ピーターのAMGもエンジンはそんな感じ。
ただ、何千万もする趣味の車がそんなことでは、考え方が情けないし、つまらない。
6気筒、8気筒、勿論12気筒とそれぞれに異なるエンジンのフィールがあるはず。
例えば、ディノのV型6気筒、2000から3000回転で走らせると
確かにピストンが6個爆発している様が頭の後ろから実感できる。
またディトナの12気筒、こいつはアナログエンジンの中では最高のフィールだろう。
信じられないくらいに12気筒がキレイに廻る。
私的にはこの音を所有するだけでも高い金を払う価値fがある。
勿論今回のミウラ。ブリッピングをくれてやると、まるでレースカーのような音だとギャラリーの人は言う。
つまり人を魅了する音が出せるかどうかということだ。
会社の信用 2008年10月
いつも言うように当社では常に5〜6台のディノを始めとするレストア(本格的な)を受ける車が入っている。
始めの契約時に半分以上のお金を入金した頂くわけだから、お客様にとっては
信頼できる相手かどうかで、気分の持ちようがその後変わってくるのは当たり前だ。
よくある話が、工場に入れたら2年も3年もホコリをかぶった置きもの状態。
だから当社は選任のフロントマン (天明)を置いて、常にお客様と連絡を取り意思の疎通を図っている。
また最近とり始めた方法が、先に(レストアをする前に)購入したお客様の名義に所有権を移すと言う方法だ。
自動車の所有権は、 車検証に記載される所有者が全てとなる。
レストアは時間がかかる仕事だけに、できるだけの方法でお客様の不安を少なくしようと言うわけだ。
おかげさまで最近はスタッフも安定し、充実した仕事が出来ている。
販売のほうも好調だ。
私としては今後も今のペースを維持して、より良い仕上げ、出来具合の車を提供していきたい。
会社の信用 その2
最近ニュースを見ていると暗い話ばかりだ。
留学斡旋の会社が経営破たんするとか。信用してお金を預けた人がだまされたと怒るのは無理も無い。
ただ、一つ思うのは、どれだけ信頼できる相手かどうか調べたの?と言う点だ。
勿論財務内容までは無理としても、歴史とか実績とか、、、
なんか日本人は任せた相手に全ての権限を委ねようとする、 自己責任、自主性が少ないように思う。
振り返ってわが社。
勿論、毎月の経費は数百万に上る。でもこれは当たり前の事。
そのために社長の私は毎月、自分にノルマを課し、車の販売で利益を上げている。
特筆したいのは、わが社は銀行からの借り入れが一切無いこと。
つまり全部自己資金。 これって意外と凄くない?
こんな信用不安の時期に、我が社も多数のお客様から多額のお金を預かる、
それに対する、説明を常に行っていく、これは私の義務であり、商売のモラルであると思う。
お客様は期待して車を購入してくれる、
その期待通りに車が仕上がって行くのを見る、時間も予想通りだ、
出来上がりは予想よりもはるかに良いものだった。周りからも褒められる。
そうなれば、当然お金を払うのも良い気分で行えるだろう。
言葉で言うのは簡単だが、これを実際に行うのはかなり努力しなければ不可能だ。
当社は不可能を可能にするための努力をする、
そう約束したい。
景気の危ういさ 2008年 10月
最近の株の乱高下には我々がいかに脆い世界に生きているかを実感させる。
私は経済の評論家では無いが、最近の世界の動きは非常にぎくしゃくした感じを受ける。
その一番の理由が 利権主義。
何処の国、何処の企業も利益が一番、その他の事はどうでも良いような、、、、
人間欲に眼がくらむと先が見えなくなると言われるが、現代は正にそれを具現化している。
ニューヨークの株の乱高下しかり、アラブの産油国の横柄な態度しかり。
もう我々は後戻りが出来ないところまで来ているのか、、、
少なくとも頭で考えて反省することくらいは出来るだろう。
このまま行くと、この小さな地球の富の奪い合いが始まりそうな予感がする。
というかもう始まっている。
そう、我々はこの”小さな”地球に大勢で暮らしているのだ。動物も含めて。
ノアの箱舟ではないが地球以外の星に住むことはまだ当分無理だろう。
それでは何故、皆が平和に、少なくとも食料に困らない世界が作れないのか
私も含めて深く反省するべきだ。
景気と車
世界同時不況と言われている今日この頃。
当然これだけ株が下がれば、保有している人の心理状態も良いわけが無い。
確かに売らないで保有しつずければ損失は確定はしないのだが、
逆に金を動かせないリスクが出るだろう。痛し痒しだ。
ここであらかじめ言っておくが、私は株や、先物投資などには全く興味が無い。
理由は学生の頃から私は現実主義で、自分の眼で見えるものだけを信じる という考え方で来た。
それは30年以上経った今でも変わらない。
私は海外の買い付けも必ず自分が行く。ヨーロッパであろうがアメリカの東海岸であろうが関係ない。
理由は簡単、自分が見た物、自分が感動した物、ここでは車だが
それがお客様の満足、感動につながるという信念があるからだ。
勿論そのために世界中のあらゆるレストアのトップレベルの車を見て、自分の見識を深め
なおかつ、自分の小さな工場であるが、それを具現化しようと努力をしてきた。
勿論、慢心する気は無いが、少なくてもディノに関しては、世界のトップレベルの
レストアの技術を身につけてきたように思う。
今、お客様から事情があって2年ほど預かる ディノ206のフルレストアした車がガレージにある。
当社のレベル、技術 がどの程度のものか是非見に来て自分の眼で確かめてくれ。
さて今日の本題だ。
当社も出させて頂いている、リクナビ。
つまりインターネットで観れる、車屋の在庫情報だ。
見てみると最近在庫数が増える一方。
特に 355 (58台)、モデナ(57台) 430(30台) 599 などポルシェ並みに増えてきた。
それだけ売買の数が多いということは、飽きる人も大勢と言うこと。
勿論、当社の主流であるディノなんかは数少ない。
それが意味していることは、乗りやすく成ったみたいだから、”フェラーリでも”
一度乗ってみるか、、、、
周りからも注目を浴びるだろうし、、、
そしてこんなもんか、ポルシェ、いやベンツとなんら変わらないんじゃないか
で、手放す。
つまりフェラーリも ”普通乗用車”の仲間入りをしているのだ。
確かに本当に車の趣味人、車が大好きな人は少ないかも知れない。
でももしそういう人が居て、始めは無難だろうと新しいフェラーリを選び、物足りなさを感じたなら
是非、当社の門を叩いてみてくれ。
そこには”本物”のフェラーリが有る。
そしてフェラーリを、その運転を知り尽くした私が居る。
同業他社には申し訳ないが、当社の歴史、社長の鞍の経験、
それらに追いつける他の店は日本全国 無い。
いつも言うけど、8月のモントレィウイーク 20年以上連続で見に行っている人間は日本人で鞍だけだ。
理由は簡単 其処に世界一の車があるから。 判るよね?
そしてもうひとつ大事なこと、
ビンテージカーと言われる車種でも、ベンツ、ポルシェ、フェラーリとその時代を代表する車がある。
ベンツなら 300SL, 勿論その他の50年代60年代のセダン、カブリオレ
ポルシェは356、911RS あるいはレースカー 906など
フェラーリは今や古ければ古いほど値打ちが出るみたいな状況になっている。
それらがやっとゴッホやセザンヌなどと並び 美術的価値? 動産的価値が認められて来たのだ。
つまり景気が如何こうしようが関係なく値打ち 即ち売買される値段が高騰している。
まだ、その底辺のディトナ(これは10年前の3倍だ) ディノなどはそうでもないが
徐々に売買価格が上がりつつある。
ということは、下手に株なんか持ってるよりも此処ら辺りの車を持ってるほうがよほど
安心、しかも目に見える物?しかも走って楽しめるもの、、、、
言わんとすることが判るよね?
是非エキスパートの 私の元へ相談に来てくれ。
ベンツ、ポルシェ、ジャガーなど なんでもOKだ。勿論フェラーリも。
社長の意見。
当社で扱う車は高額だ。
だからと言って、それを売ってる私は別に金持ちではない。
父親も普通のサラリーマンだったし
私自身も初めはシーサイドモーターの社員だった。
もし仮に私が資産家の息子で 趣味半分で今の会社をやっていたら、
今ほど真剣に仕事に取り組んではいなかったかも知れない。
なにしろこの日本では車の仕事で大成することは非常に難しいことなのだ。
大成するどころか、10年以上続けるコトだって容易ではない。
理由は日本人は車を文化としては捉えてはいないから。
つまり、釣り道楽、車道楽と言う感じ。
だから此処のとこの、金融危機、株の暴落 勿論まともに影響を受ける。
というかビビル。
しかし車を買うために貯めてきた金は、今までこつこつと自分の楽しみのために
貯めてきたもの。
老後の心配なんかせずに、生きているうちに使えと提言する。
先のことなんか誰にも判らない。
あれこれ悩んでいるうちに歳なんかあっというまにたっちゃうぜ。
事実私も知らぬ間に? 57歳だ。
60万円のディトナステアリングを持つ 57歳の私。 還暦まじかだ〜 赤いちゃんちゃんこの変わりに
赤いフェラーリに乗るぜ。60過ぎてもフルスロットルだ。